次の一手をどうするか
お互いの選択肢や損得を数値化して分析できる「ゲーム理論」。有利な手の発見や、社会のルールづくりに役立てられています。数理は、こうした複雑な対象も数学で扱うことができるのです。
選択を決めるゲーム理論
私たちが生活する中で、何かを決める場面はたくさんあります。しかも、その決断の結果の良し悪しは、他の人の行動によって変わってくること多く、判断に迷います。そんな状況で役に立つ“数理”、「ゲーム理論」を紹介します。
ケーキを取り合う2人の例
ポスターでは、ひとつのケーキを2人が取り合う場面を例にあげました。2人とも、本当はひとりで全部食べたいので、相手の顔色をうかがいながら、「ひとりじめ」するか「分け合う」かを考えています。
この状況を分析するとき、ゲーム理論では、自分の手と相手の手を組み合わせて、結果のマスに自分の得点と相手の得点を書き入れた、次のような表を作って考えます。
それぞれの手の組み合わせでどんな状況が起こるか想像し、得点を次のように考えて決めました。
- 1個のケーキを100として、そのうち自分が食べられる分量を得点とする。
- 二人とも「ひとりじめ」を選んだ場合は、取り合いが起こってケーキはくずれてしまい、食べられるところはそれぞれ20点分ずつしか残らないとする。
- どちらか一方が「ひとりじめ」を選んだ場合、その人が全部食べてしまうとする。
さて、この表を見て、自分はどんな手を選ぶのが良いか考えてみましょう。相手がどう出るか分からないので、場合分けして考えます。
- 相手が「ひとりじめ」の場合:
- 自分が「ひとりじめ」なら20点、「分け合う」と0点なので、「ひとりじめ」が得
- 相手が「分け合う」の場合:
- 自分が「ひとりじめ」なら100点、「分け合う」と50点なので、「ひとりじめ」が得
相手がどちらの手を選んだ場合も、自分は「ひとりじめ」を選ぶほうが得になるので、「ひとりじめ」が最も良い手だ、ということが分かります。
相手の立場でこの表を読み解くと、やはり相手も「ひとりじめ」が最も良い手になります。その結果、二人とも「ひとりじめ」を選び、それぞれ20点分のケーキを食べることになるだろう、というのが、この表から予想される結末です。
このように、ゲーム理論で分析すると、自分はどの手を選ぶべきかが分かったり、その結果が自分にとってどのくらい良いことかが予想できたりするのです。
もっと知りたい人へ:「ゲームを変えろ!」
ところで、この予想結果を見て、あれ?と思ったところはありませんか?
分析から予想される結果は、二人とも「ひとりじめ」で両者20点ずつでしたが、表の中には、両者が50点ずつになる、もっと良さそうな結果があります。二人とも「分け合う」を選べば、二人とももっと得をするのに、なぜそれを選ばない(選べない?)のでしょう?
実はこれは、「最も良い手」の考え方が異なっているからなのです。予想結果の「二人ともひとりじめ」は、それぞれ個人が(相手の手にかかわらず)最も得をするように考えた結果で、「個人の最良手」と言ってもいいでしょう。一方、「二人とも分け合う」は、両者ともそれより得になる手がもう他には見つからないという、いわば「みんなの最良手」です。
ケーキの取り合いの例では、「個人の最良手」と「みんなの最良手」が同じになりませんでした。そこにこの場面の難しさがあります。この状況で、「二人とも分け合う」という「みんなの最良手」を結末に迎えるためには、どうしたら良いでしょう?
仲の良い2人なら、お互い分け合おうね、と話し合って決めることができます。しかし、現実の問題では、相手が誰だか分からないことや、事前にそういう約束ができない場合も多くあります。そういう場合には、ゲームの配点を変えてみる、という方法も考えられます。つまり、「ゲームのルールを変えてしまう」わけです。
例えば、次の新しいルールを加えます。
追加ルール:「ひとりじめ」を選ぶと、親にしかられて次の日はおやつ抜きになり、一律に50点を差し引く
すると、表は以下のように変わります。
この表を先ほどと同じように分析してみると、相手がどちらを選んだとしても「分け合う」を選べば損はしない、ということが分かります。相手も同じように考えるでしょうから、予想される結果は「二人とも『分け合う』を選ぶ」になりそうです。ゲームのルールを変えることによって、「個人の最良手」と「みんなの最良手」を同じにできたわけです。
実際の社会の中でも、これと同じ難しさを、多くの問題が抱えています。ゲームのルールを変える、ということを現実の社会にあてはめると、社会の仕組みを変える、ということになります。どのようなルールにすれば、みんなが安心して良い選択ができるか、それぞれが良いと思う選択をしても不公平が起こらないか、など、社会の仕組みを考えるためにも、ゲーム理論は役に立っているのです。
関連する研究でノーベル賞が出るほど世界に大きく貢献している奥の深いゲーム理論ですが、その考え方が分かるだけで世界の見え方が変わってきます。基本的な計算は中学校の数学が分かればできてしまうので、もし興味を持ったら、ぜひ勉強してみてください。
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