コラム – 人類と数理

古代の数理

木や骨に付けた傷で獲物の数を記録していた太古の昔から、人類は実世界の物事を抽象的な「数」として表す便利さを知っていました。そして、数を巧みに表す「数字」を発明し、数学という学問が生まれました。

くさび形数字が書かれた古代バビロニアの粘土板(紀元前1800年ころ):イメージ
くさび形数字が書かれた古代バビロニアの粘土板(紀元前1800年ころ)。
直角三角形の辺の長さが整数比になる組み合わせが60進法で書かれている。

現代につながる60進法の数学

時間や角度を表す数字には、60や60の倍数がよく現れますが、これは古代バビロニアの数学がはじまりです。古代バビロニアでは60をひとまとまりに位を上げる60進法という表し方を使って、高度な数学を発展させました。60進法による計算は、暦の制定などに必要な精密な天文計算に使われ、その後も、惑星の運動に関する数式を導いたケプラーの時代まで使われていたようです。

中世〜近代の数理

数学によって数や図形のさまざまな性質が分かってくると、その性質から実世界を理解し、利用する工夫が重ねられてゆきます。世界の姿を明らかにしようとする科学と、正確さや真正さを裏付けてくれる数学は両輪のように発展し、近代の科学や技術が育ってゆきました。

イスラムの天体観測儀アストロラーベ(12世紀):イメージ
イスラムの天体観測儀アストロラーベ(12世紀)。
中世のイスラム地域では、実験や観察を重視した科学的な方法でさまざまな学問が発展し、
西欧近代科学の源流となりました。

現代の数理

現代では、膨大なデータから現実世界をシミュレーションできるコンピュータの登場によって、世界の理解や新しい発見、技術開発が飛躍的に進んでいます。これからも人類は、数理を駆使して世界を切りひらいてゆくことでしょう。

スーパーコンピュータ「富岳」を使ったゲリラ豪雨の予測:イメージ
スーパーコンピュータ「富岳」を使ったゲリラ豪雨の予測(地図:国土地理院)
「マイクロ波マンモグラフィ」による乳がんの検査画像:イメージ
数学の未解決問題を解くことで、乳がんやコンクリート構造物などの革新的な検査技術が開発されました。
(開発された検査技術「マイクロ波マンモグラフィ」による乳がんの検査画像。画像提供:木村建次郎(神戸大学))。

インターネットの安全と素数

1とその数でしか割り切れない7や13のような数を「素数」といいます。2つの大きな素数を掛け合わせることは比較的簡単ですが、掛けた値だけを見て、元の素数を割り出すには、膨大な計算が必要です。この性質を利用して、2つの大きな素数の掛け算から、ひと組の鍵を作る暗号方式(公開鍵暗号)が生まれました。元の素数が分からない限り、一方の鍵で暗号化したデータはもう一方の鍵でしか解読(復号化)できない、という性質があるため、インターネット社会の安全を守るために広く使われています。

数学の世界で活躍する日本人

伊藤 清(1915-2008)は、数学の一分野である「確率解析学」における功績により、社会の技術的発展と日常生活に対して優れた貢献をなした数学者に贈られる賞である「ガウス賞」の第1回受賞者となりました[2006]。伊藤の成果は、現代の金融工学・経済学などの発展にも大きな影響を及ぼしています。

また、1936年に創設され、数学で最高権威の賞の一つとされる「フィールズ賞」も、これまでに3人の日本人(小平 邦彦[1954]、広中 平祐[1970]、森 重文[1990])が受賞しています。